「気」とビジネス

楽太郎です。

最近、気になっていることがあります。
YouTubeでヒーリングの動画を見ることがあるのですが、波動を感じるものは確かに感じるということです。

これは本当にどういう仕組みなのでしょうか。
録画はGoPROやスマホでやるとして、mp4とか avi形式で保存したデータをYouTubeのサーバーにアップロードし、スマホなどのアプリで無作為に再生され、あるいは保存されるにも関わらず「波動」も再現可能なのです。

そもそも、波動をなぜデジタルに変換し、電磁波に乗せてデータを再生してもエネルギーが伝わるのか、これもかなり謎です。

この現象を、私なりに仮説を立ててみました。
「波動」とは「情報」のエネルギーなのではないでしょうか。

霊感商法で売られている「波動水」の話をするわけではないのですが、よく「○○○Hzの音波を当てた水は美味しくなる」という話を聞きます。
この理論は、「○○○Hzの音波というプラスの情報が加わったか加わっていないかの差」という表現として「波動」の特質を説明しています。

私自身も試したわけではないので何とも言えませんが、これがプラシーボなどではなく、実際にモノに情報という波動が付加された結果が人の心に現れるとしたら、それが価値として認識されるのかもしれません。

以前、霊能者の方とお茶を飲む機会があり、その時「料理は感情の入り方で全く味が違う」と話されていました。
その方は、感情の良し悪し、あるいは素材や工程に関わる意識、価値観の善悪も味に出るという話をされていました。

その話で特に興味深かったのは「知識や情報にもエネルギーがあり、その背後にある力も影響する」と仰られていて、つまり情報の質もエネルギーの出所と相関関係がある、という話をされていました。

これらを総合すると、「込められた波動や念の良し悪しが、対象物に宿り因果を引き起こす」ということです。

つまり、デジタルの動画に波動が乗る現象は、「良い波動や念を込めた動画だから、その波動が出る」というシンプルな事象に過ぎないのではないでしょうか。
特に修行を積まれた本物のヒーラーが、波動を送ることに特化した動画を配信されてるのですから、波動が伝わるのも当然かもしれません。

波動が情報のエネルギーなのだとしたら、情報が二進数のデータに変換され、デジタル化しても変容しないことの説明にもなります。

よく「丹精真心込めて」という話を聞きますが、真心や愛情を込めたものは特に精度が高いからというより、独特の温かさのようなものが良いと感じる面があります。
クオリティや価格感からすると、工業製品の方が無機質で手に取りやすいかもしれませんが、ハンドメイドの温もりを選択肢に含めると比較はできないかもしれません。

これは、アートの世界にも当てはまります。
近年、手描きの絵画はめっきり流通しなくなりました。絵がデジタル中心となり、人々が絵画を目にするのも美術館に意図して入らない以外は、ほぼメディアで目にするはずです。

しかし画像生成AIが登場すると、これまで正直に手で描いていたプロの作品よりも、無料でクオリティの高いイラストが出力できるようになり、わざわざ人に描いてもらう必要がないどころか、「人の描いたものである必要もない」というところまで来てしまいました。

これに関しての良し悪しは論じませんが、YouTubeのサムネなどに画像生成AIが使われているのを細かく見ると、わりと気になる箇所はあります。
けれど、費用対効果の面で見れば、賑やかしにはなるし多少おかしなイラストでも皆そこまで注意深く見ない、という前提で成立しているように見えます。

この画像生成AIの普及によって、イラストレーターの受注数は大幅に減少しました。
ただ、それはそれでイラストレーターも市場に対して差別化を図っていく必要もあります。

私が考えているのは、仮にデジタルにも波動を乗せられるとしたら、その工程は生成AIには再現できず、ゆえに波動がハンドメイドの付加価値になるのではないか、という点です。

よく何かの娯楽を通して「元気が出た」と人は言いますが、この「気」は波動やエネルギーとも言えます。

この「気」は決してクオリティでは再現できない、生の気迫のようなものが伝わるからこそ感じるものです。
先の料理の話でもそうですが、この「気」は作り手の波動であって、それが籠もれば価値に繋がることもあり得るのです。

私は以前、このブログに瀬織津姫様と須佐之男命様のイラストをアップしました。
その制作過程では神様の霊圧を感じながら描きました。実際、私のイラストを見て何かを感じるかは分かりませんが、このロジックでは「神様」の絵に波動を込めることも可能なはずです。

つまり、神様と繋がり神様から受けた波動をそのまま絵に載せると、神様のお力やご利益のある絵に変わり、その付加価値は特別なものになるのではないか、と私は思うのです。

ただ、「恵比寿様のご神気にあやかれる、福を呼ぶイラスト!」とかを販売に出しても、よくある霊感商法の一種にしか過ぎません。
波動が乗ったメリットを活かすのなら、それを享受した人に実際にご利益があり、本当にそう感じられることが大切です。
問題は、私にそれができるかということです。

私の能力は自分なりに高まっていると思う時もありますが、まだまだ蚊が鳴く程度に違いありません。
だからこそ、これからエネルギーワークの習得などを通して波動を作品に込められるようにしたらどうか、と考えています。

その先にあるビジネスは、もう私の頭にはあったりします。
それをやりたいかというと、まだまだ優先度は引く、準備も相当かかりそうだと感じます。
ただ、一生を通して細々と食えそうだな、と思えるプランではあります。

これから神代が具現化し、誰もが「神様」というコンテンツを親しむようになれば、スピリチュアルと絡めたビジネスもより日の目を見るのではないでしょうか。
その時にすでに実績があれば、かなりの先行者利益を得られるはずで、神様が仰る「金運」とはこのことも含まれるのではないか、と私は思います。

今でも土の時代の構造物はビクともしない頑丈さがあります。
古い森が焼き払われ、そこから新しい森として芽が出て花を咲かせ、大樹になるのは自分がちゃんと育っていく必要があります。

その姿は現時点で想像しにくいですし、実際に風穴が空いてくれなければ何も始まりません。
けれど、それは神様が勝手にやってくれるものではなく、自分たちがイノベーションを起こしていかなければ、地上に具現化することができないのです。
いくら構造物が更地になろうと、コンクリートを突き抜けて育つ力が植物になければ、花も咲かないでしょう。

それは勇気のいることですし、とてつもなく骨が折れるかもしれません。
しかし本当にやりたいことをやって望み通りの成果が出せる世になろうとしているのですから、もっと大胆に考えて良いのだと思います。