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2026.03.01

「心」の時代

「心」の時代
2026.03.01

楽太郎です。

 

まさに今の世は「時代が動きつつある」情勢となっています。

昨日、米国とイスラエルが共同でイラン国内に大規模な爆撃を仕掛けたという報道がありますが、その詳細は後日する予定です。

 

今年の2月に入ってから、本ブログでは如実に「米国経済」とりわけNASDAQの株式市場をウォッチしてきました。

現在、世界の株式投資の7割がNASDAQに集中していると言われ、米国株式市場の未来を予測することは「世界経済」の今後を占うことでもあるからです。

 

ただ、この一月で大体の「趨勢」が明らかとなり、おそらくトランプ大統領は経済危機と自身の支持率低下に対する「賭け」に出たと考えられます。

つまり金融崩壊は避けられず、意図的に「戦争」と「エネルギー問題」を引き起こすことで、戦時ブル相場を狙ったのでしょう。

 

トランプ政権がベネズエラ大統領を領国内で拉致し、石油施設を分捕ったのもエネルギー利権を海外から自国に引き込むためです。

もはや自身の支持率回復も尋常な手段では実現しないことを悟り、ほぼ取れる手を全て使って米国(金融)経済を何とかしたいという腹づもりでしょうが、おそらく失敗に終わるでしょう。

 

数日前にイギリスで破綻したプライベート・クレジット企業に対して、アメリカの投資会社が莫大な出資をしていたという話も出てきています。

先週末からの出来事の詳細は日を改めて解説しますが、私自身としては数日前から宇宙的な流れが切り替わったように感じており、もはや「経済」がテーマの主軸となるターンは過ぎた印象があります。

 

だから今回の記事は久しぶりに「原点回帰」して、日月神示を引き合いにスピリチュアルな事柄を扱っていきたいと思います。

 

さて、3月3日「ひな祭り」の日は「皆既月食」を伴う満月となるそうです。

この「月が赤くなる現象」はわりと日本各地で見られるそうで、これだけでも特別なことが起こりそうだという感じがします。

 

「皆既月食」は、古くから「神の怒り」や不吉な予兆とされ、「死と再生」「古きものの終焉と新しき始まり」を意味してきました。

月が赤くなるのは、太陽の光が地球の「大気」で屈折し、地球の「影」が月に映る時、青色光を遮断するからです。

 

つまり「赤い月」は月が赤くなったというより、私たちから見て地球の影が「赤く見える」のであって、私たちがこれを「不吉」と感じるのは、実際には私たちの世界が月に映った影を見て感じる印象なのです。

 

月はいつもの満ち欠けを繰り返し、始まりと終わりを繰り返しているにすぎません。

けれども、人間から見て「特別」と感じるのは、その変化を見て何となく疾しさを感じ、「何かを変えなければならない」と無意識に感じるからではないでしょうか。

 

2月2日の「満月」を境に、私は「10月満月」の時に起きた、霊的(エネルギー的)な「天王山」が具現化され始めているのではないか、という話をしました。

現に2月初旬から米国株式市場の異変が可視化されてきましたし、それを受けて2月17日の「水瓶座新月」を以て「大峠・八合目」に入ったようだとお伝えしています。

 

そして今回、皆既月食を伴う「満月」はこの「八合目の本格突入」を象徴しており、これは私たちの「生まれ変わり」の始まりと言っても良いでしょう。

大峠の「九合目」に差し掛かる「八合目の隅」から「岩戸」が開けます。

ゆえに九合目に入る時には「岩戸開き」が起こり、人・時代共に「生まれ変わり」を経験することになるでしょう。

 

それが「皆既月食」であることの意味は「転換」の象徴であるだけでなく、人々の意識が「赤黒く不気味に見える」その心が満月によって「浄化」を促される、つまり「心の入れ替え」がこれからのテーマになるということではないでしょうか。

 

それを契機として3月19日に「新月」がありますが、20日には「春分」を迎え、更なる転換点となることが予想されます。

振り返ると前回の春分では、人間が「神か獣か」に分かれる分岐点が訪れました。

 

まだ春分の詳細はわからないのですが、この時期に「大峠・八合目」に具体的に入ったとすれば、思い当たるのは「神と獣の具現化」ではないでしょうか。

あまり想像したくはないのですが、「霊主体従=霊的(エネルギー)で起こることは具現化する」という法則からすると、いつかはそのタイミングが必ず訪れます。

 

ただ「心の入れ替え」ができるのは「心」が備わる人だけであり、「神の道」を選んだ人々にのみ当てはまる事柄です。

だからこそ、この時期に「心」で感じ取ることができるあらゆる物事は、その人の今後を占う意味で神々からの重要なメッセージになっている可能性があります。

 

今、皆さんは街中を普通に歩いていても、どの時代にも体験したことがないような雰囲気を感じられるはずです。

私が体感する印象としては、もはや人々の「邪気」すらもカラッカラに干上がり、「荒野」のような気場の状態にあると思います。

街行く人々は「欲」と「慣習行動」で行動しているように見えますし、そこに喜怒哀楽に伴う雑念が入り込むほど「心」の浮き沈みすら感じられません。

 

けれども、ずっと人々が懐に大事に仕舞っていた「心」は、何一つ変わらずにそこにあるように思えます。

それがもの凄く「大切」だからこそ、変に外に持ち出したりせず、社会の中でもずっと懐に暖めたままなのでしょう。

 

そして、この「満月」を境に少しだけ「心」を外に出して、磨いたり人に見せたりすることが増えていくのかもしれません。

そうして人と「心」を分かち合い、わかりあう喜びと安心感を再び感じる時、私たちは「心」を持つことへの「自信」が湧いて来るのです。

 

その自信が「勇気」に変われば、「心」よりも「金」の世となり、軽い者ほど上に上がっていく「あべこべ」の世界をひっくり返す原動力となっていくに違いありません。

この時期からの変化は、むしろ「不安」や恐怖を煽るものであっても、私たちは前向きに捉えていくべきだと思います。

 

日月神示「月光の巻・第三十七帖」には、こう述べられています。

「そなたはお先真っ暗じゃと申しているが、夜明け前は暗いものぞ、暗い闇の後に夜明けが来る事、分かっているであろうが、神はすべてお見通しであるから、すぐのお蔭は小さいぞ、利子付けた大きなお蔭を結構に頂いて下されよ」

 

今の世の中を見て、誰もが不平不満や不安を抱えて暮らしていることでしょう。

ただ、それは「夜が暗い」と愚痴を言うようなものであり、夜は「暗い」のが当然であり、むしろ暗いからこそ「夜」なのです。

 

冬は「冬籠り」の季節であり、草木は枯れて山野の動物も眠る頃ですが、いずれ芽は吹き春がやって来ます。

それはまるで、長いトンネルが永遠に続くように思えても、ひたすら突き進めばいつかは出口に辿り着いてしまうのです。

 

人間は短命ですから、数年でも長すぎるように感じてしまう生き物です。

しかし「永遠」の立場で見たら、今この瞬間に起きていることは「通過点」に過ぎず、「結果」ではありません。

 

この異常な世界、世の雰囲気が「おかしい」と感じる所に「神の働き」があると言っても過言ではないかもしれません。

それは「おかしい」と感じるのが普通であり、「おかしい」と感じさせるために神がそうなされているとしたら、どうでしょう。

 

自分たちの行いの「気づき」を促すために「禍事」が起きているのだとしたら、それは己に改めるべき事柄があるということです。

 

神々がこれほど過ちを繰り返す人間たちを戒めず、大した裁きも罰もお与えにならず、じっと見つめておられるのは人々に「展望」があるからではないでしょうか。

私には人類や文明が「これから良くなる」ことを神々が見通しておられるからこそ、今の状態を「結果」としてご覧になるのではなく、「今はこうだけど」という長い目で捉えておられている気がしてなりません。

 

仮に、こう考えてみて頂きたいのです。

90年代までのような「大量消費社会」や、米国のような「金融主導型経済」に何の問題点もなく、永久に繁栄する完全な体制であったならば「次の時代」は訪れず、そこに次があるとすれば「終焉」です。

一度「良かった」から繁栄したものが、「悪くなる」からこそ「次」に繋がります。

 

かつてのローマ帝国からフランク王国が誕生し、神聖ローマだったフランスからイギリスに覇権が移り、アメリカに渡りました。

これらは前世代の「没落」があるから実現したことで、これらの国が「善政」であり続けたのなら、世界の覇権を巡る世代交代は起こり得なかったのです。

 

だから、良い意味でも悪い意味でもこれまでの世界の中心だった「アメリカ合衆国」が、あの体たらくになっているからこそ、世界が新しい時代を迎える契機を与えてくれるのではないでしょうか。

そして、次の世界覇権の「バトン」は我が国「日本」が受け取ることになるはずです。

 

ゆえに、超大国であるアメリカがいつまでも地球の「正義」を司っているうちは、日本にその順番は回ってきません。

むしろ米国は「自分から覇権を手放してくれているのだ」くらいの見方でいた方が、誰も「悪者」にならないように思います。

 

それは外国だけの話ではなく、日本の「国」の中の話にあってもそうです。

先日、大手電機メーカーの「ニデック」の創業者であり現会長である永守重信氏が、同社の粉飾決算疑惑を受けて辞任することになったそうです。

 

こうした重鎮がいつまでも時代のトップに君臨し続けるからこそ、組織の新陳代謝が阻害され、社会も風通しが悪くなっていきます。

かつて一時代を築いた人々の引退は、世代交代のために必要なことであり、全体を通してみれば「壁」となっていた人たちも、次の世のために「貢献」しているのだと思います。

 

今、あらゆるものが「あべこべ」の世界となり、「おかしい」と思うことだらけです。

しかし「悪い」と思うところに「悪くさせる」という神々の働きがあり、私たちはここに人間の悪意ではなく、神の真意を感じ取ろうとしなくてはなりません。

 

そして、こうした世を見て「良くない」と思う感受性は、その感覚こそ神が意図したものであり、その自覚こそ神の御意志に通ずるのだと思います。

今の世の中が生きやすく「普通」と感じる人は殆どいないでしょうし、誰もが息が詰まりそうだという感覚は「神がそう感じるように仕向けているのだ」と考えるべきです。

 

では、なぜ神々は人間を苦しめるような事柄ばかり引き起こすのか、そう考えてしまうのも仕方ないかもしれません。

 

先に言ったように「良い状態」が続けば、続くだけ「変わろう」とはしないでしょう。

それでは時代は進展せず、文明も飛躍的な進歩には繋がりません。

 

日本の「三十年」に及ぶ生きづらさは、神々からすれば「計画された不況」であり、この時代の学びや経験が次の時代に必要だったからこそ、私たちは役目として「体験させられた」のだと思います。

そして、今の時代に生きる現代人も「魂」のレベルでは、この時代の「学び」を求めて生まれてきたとも考えられるのです。

 

それは一重に、私たちが「過ち」と向き合い、「悪」と向き合うことで「学び」を得て、その知見を次の時代に活かすためです。

自分たちが数十年間も自覚なく繰り返してきた事柄に「反省点」を見出すからこそ、この時代の「悲惨さ」は次の世の克服点になっていくのです。

 

そして今、これまでの古い「価値観」や「行動様式」を改めていく段階に入っています。

人と人の繋がりが疎遠になり、誰もが多少ながら「孤独」を感じる時間が増えているのも、これを期に「自分自身」を見つめ、これまでの生き方を見直すよう神々から促されているのかもしれません。

 

社会に「金」や「承認」を求めて、私たち現代人はガムシャラに走ってきました。

それを行動指針に据え続けたとしても、高齢化と物価高で需要は退き、どんどん価値が値減りしていく時代を迎えています。

 

この「不遇」こそ、神々から「どうしたら良いのか」を自分で考えるよう、人々が神に促されていることのように思えてなりません。

 

「黄金の巻・第十八帖」に、こうあります。

「今までの事は少しも交わらない、新しき世になるのであるから、守護神殿にも分からんことするのであるから、世界の民が皆一度に改心する様にどん詰まりには致すのであるなれど、それまでに一人でも多く、一時も早く改心させたいのじゃ」

 

あくまで私の直観なのですが、次の時代の文明は私たちが想像する以上に互換性がないような気がしています。

これまでは自分が欲しいと思ったものは「お金」を手段にして手に入れようとしてきましたが、次の時代は「お金」を介さずに欲しいものを手にするやり方が主流になると思っています。

 

例えば、何かを「やりたい」と思った時に「道具作り」から始めるとか、「食べたい」ものを自分で現地に摂りに行ったり、栽培するようなことです。

もしくは「知りたい」と思ったことを人に聞いたり飛び込みで体験してみるとか、これまで「お金」と「スマホ」があれば叶えられたような事柄を、別の形に置き換えるようになるのではないかと思います。

 

その時代において、自分自身に「何をすべきか」を見出すことができない人は、どんどん取り残されていくはずです。

「目で見えるモノ」は何も変わらないように見えて、「見えるものの意味が変わってくる」ような出来事が、これからどんどん起こってくるからです。

 

これまで通り、目で見たり手にすることはできるのだけれど、そこに見える「何か」が変わってくるため、同じ価値観や行動基準でいることが難しくなるのです。

「個」の時代に移り変わる過程で、これまで当然の如く自分を支えてきた「モノ」を捨て去る勇気を持てるかどうか、これから試されることになるでしょう。

 

その時代の始まりは、私たち人間が本来あるべき「心」を取り戻すことにあり、人間の本来の「生き方」を取り戻した時代が「神世」であり、「心の時代」と呼べるのです。

 

今、私がこうして人々に呼びかける時、神々は「神人」を主導者にして新しい世の礎にしようとしているのではなく、「導かれる人々」にこそ主眼があることを忘れてはいけません。

「導く人」は「導く役割」なだけで、そのまま支配者の椅子に座るわけではないのです。

 

先達は所詮「先達」に過ぎず、次の時代の主役はその時代に生きる人々です。

その新しい世界に生きるのは、新しく生まれてくる世代に他なりません。

 

こうして、先達の背中を蹴り上げて登っていく若者たちが、次の時代を作るのです。

彼らに「バトン」を渡すために世を切り拓いていかなければならないのが、私たちの世代の使命なのだと思います。

 

平井堅さんの曲に「君の鼓動は君にしか鳴らせない」という歌があります。

 

「ああ、思い出の使い道は

失くした輝きを嘆くことじゃなく

そいつと手を組んで、もう一度這い上がり

心震わすもの

失って見なきゃ取り戻せないだろう」

 

私たちは「心」という大切なものを失ってしまいましたが、それはもう一度「取り戻す」ことで、その大切さを改めて思い知るためにあるのかもしれません。

だからこそ、私たちは何よりも「心」を求めていくしかないのだと思います。

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