楽太郎です。
2月19の魚座新月、20日の春分を皮切りに「浄財」が始まったとお伝えしています。
2月28日に突然イラン戦争が始まり、ホムルズ海峡が閉鎖されることで世界的な経済的混乱が起きています。
米株売り止まらず、戦争長期化の懸念-ナスダック100調整局面入りへ
とうとう、米国株式市場も「調整局面」に入ったようです。

この数日のNASDAQ市場は、トランプ大統領によるイランのエネルギー関連施設への攻撃延期や、停戦協定の匂わせなど瞬発的な発言に翻弄される傾向はありました。
チャートに出ている「ザラ場」の動きを見ても、トランプ大統領の発言の前後での異様な反発に加え、閉場間際にどう見ても介入としか思えないような急上昇が垣間見えたり、不自然な乱高下を繰り返していました。
しかし日本時間28日、米国時間27日金曜日の場内取引では珍しく「下げ一辺倒」になっています。
これはどうも、これまでトランプ氏がイランとの停戦に前向きであるという市場の期待が打ち消され、戦争の長期化とエネルギー価格の高騰が深刻化することが投資家にようやく周知された可能性があります。
米・イスラエル、複数の核関連施設を空爆-イランも地域への攻撃継続
昨日の時点で、トランプ米大統領がイランのエネルギー施設への攻撃を停止し、その期限を「5日間」としていましたが、更に米国時間で4月6日午後8時まで延長するという話がなされています。
しかし、米イスラエルがイランのエネルギー関連施設を攻撃しないのはUAEやイラクなど周辺同盟国のインフラへの攻撃を抑止する動機づけにしか過ぎないため、イランへの戦闘停止を促しているわけではありません。
イランは、米国が提示した15項目の休戦協定を丁寧に突っぱね、当初の発言通り「イスラエルによる侵害行為の恒久的な停止」を要求し続けています。
ただでさえネタニヤフ政権維持のために戦争を行っているイスラエルが、民間に被害を出しながら引き下がれるはずはなく、ましてイスラエルロビーに従順なアメリカ政府が宗主国の意向に反して戦争から離脱することは不可能でしょう。
楽観ムードだった市場参加者も、ようやく現状に気がついたようで、約800年前に確立された「50%フィボナッチ・リトレースメント」と呼ばれる数学原理を用いて「どこまで下がるか」を検証し始めています。
しかし、一番参考になるのは1929年に起こった「ブラック・サーズデー」であり、1970年代のスタグフレーション、2000年代初頭の「ドットコムバブル崩壊」、2007年から始まった「国際金融危機」でしょう。
今回の金融危機には、これらの金融崩壊のモデルがキメラのような形で再現されており、複合的な「バブル崩壊」の要素を抱えているという特徴があります。
現在の「AIバブル」は、2000年代ドットコムバブルの様相を呈しながら、仕組みとしては2007年「サブプライムローン危機」、誘引するのは70年代スタグフレーション、規模としては1930年代大不況レベルの深刻さという、RPGのラスボスがボス四天王の合体形態であるようなものです。
狂気に染まったイスラエル政府と、制御を完全に失ったアメリカは別として、周辺諸国まで脳死状態に陥る必要はありません。
EUの中心国であるドイツでは、イラン戦争による経済損失で来年の経済指標が半減するという予測がされています。
ドイツ、米企業標的の対抗策を策定-トランプ氏と再対立の場合に備え
巻き込まれるにしてもさすがに「度が過ぎている」と感じたのか、ドイツがアメリカを意図的に「経済崩壊」させるための戦略を練り始めていると報道されました。
確かに、米国民から捻出される軍事予算の大部分を使い、米国経済を「ポケットマネー」にして戦争行為を続けるイスラエルの指示で「ミツグ君」のアメリカが参戦している訳ですから、米国経済の息の根を止めたら物理的にイスラエルの蛮行も阻止できるのは道理でしょう。
そうすれば、ガザなどでパレスチナ系住民が虐殺されている現状を止めることもでき、イランだけでなく中東地域に平穏が戻ります。
正直、ここまで倫理と理性を失った権威主義国に、「民主主義」を標榜する国家であるならば付き従う必要もないはずです。
ただ、ドイツが計画的に米国経済を破綻させる前に、もうすでに米国経済は「崩壊局面」に入ったと私は見ています。

以上がS&P500株価指数のチャートですが、この数週間の下げ幅で2025年8月頃、約7ヶ月前の水準まで相殺されています。
ここで下げ幅が問題というより、株式市場の時価総額がジャブジャブの金融緩和と企業の膨大な「自社株買い」、個人投資家のインデックス投資で無理矢理に浮揚させていた要素を鑑みれば、株式市場の「好景気」を装うために捻出された資本が、どれほど「無駄」に消費されたのかに注目するべきです。
つまり、この半年で株価指数を押し上げるために使われた流動性は、この数週間で「蒸発」したと言い換えてもよく、この資本が生産的な部分に使われたと言い切れないことが問題です。
いかに大手ハイテク数社を含めたバスケットが投資家に好まれたとしても、投資への熱狂が実体経済に反映されることはなく、それ以外の業界や企業群は金融機関から大した融資すら受けられない中で、実際の市場では細々と営業しなければならなかったのです。
そして、株主への配当を鑑みれば「絶望的」と言える大手ハイテク株は常軌を逸した過大評価となり、この分の時価総額が削られただけで「経済好調」のメッキが剥がれ、その他9割以上の企業群の実態が明るみになることでしょう。
「2023年に比べたらまだまだ好調じゃないか」という感想も悪くはないのですが、2023年に「これからAI革命が起こり、米国経済はバラ色だ」というムードと今の情勢を比べてみたら、どれほど状況が違うかお分かり頂けると思います。
このチャートの左下あたりは、2022年のステルス金融危機と年末にOpenAIが「ChatGPT」をリリースした時期です。
あまり知られていないのですが、実は2022年上旬はアメリカの金融業界が瀕死の状態で、シグネチャーやシリコンバレーバンクなどの中小銀行の連鎖破綻が相次ぎました。
おそらく、この頃に大手ハイテク企業の一社が金融機関を巻き込んで倒産しかねない事態に陥り、ハイテク業界のテコ入れを図るために開発中のChatGPTや、コンプライアンス未検証の画像生成AIなどが見切り発車でリリースされる流れになったのだと思います。
そして、この頃はヘッジファンドを中心としてプライベートエクイティ業界やIPO市場が超低迷期にあり、ただでさえEVや自律運転システムの評判の悪さを弁解しきれずにいたテスラが、2010年代後半から始まった「AIブーム」に水を差す形となっていたため、投資業界全体で「ユニコーン企業」を祭り上げてIPO市場を活性化させようと、政財界揃って一大キャンペーンを打ったのでしょう。
それが2022年以降の「第二次AIブーム」であり、LLM型生成AIが実際の機能以上に過剰な持て囃し方をされる今日までのムーブメントになったと考えられます。
しかし機関投資家含め「これから来ますよ」とファンドマネージャーに乗せられて未上場株に多額の投資をしたものの、IPO時の最高値以降は泣かず飛ばずのITベンチャーばかりとなりましたが、それでも株式市場は潤うので金融業界にとって問題はありません。
実際、生成AIにR&Dを行うハイテク大手にとって、需要が大してあるわけでもないのに「AIブーム」を盛り上げなくてはいけないのですから、あの手この手と考えるでしょう。
それがMicrosoftのCopilotや GoogleのAI検索など、逆にサービスの質を低下させかねない強制的なAI実装に繋がっており、金融業界ゴリ押しのNVIDIAとの取引を合理化するための苦肉の策だったのかもしれません。
AndroidにGeminiを実装すれば、スマホで誰でもディープフェイクが作れたり、著作権や肖像権・プライバシーまでも貫通するという、企業として配慮すべきリスクがおざなりになることも十分予測できたことです。
しかし、それでも「AIブーム」を盛り上げなければならなかったのは、米国金融業界の危機以前に、アメリカ政府が財政的に破綻間際の状態にあり、諸外国からの投資を強力に呼び込む必要があったからでしょう。
ただ、AI革命に現実味が薄れてきた現状以上に、イラン戦争により実体経済の足元から誤魔化しが効かないレベルで、米国経済の危機が可視化されつつあります。
これはどうも、「生成AI」の次は「バイオテクノロジー」だ、「AIロボティクス」だ、「量子コンピューター」だと投資トレンドを物色している金融業界を尻目に、国民の生活レベルでの破綻が目に見える形となれば、いよいよ取り返しがつかなくなるはずです。
米国株式市場の崩壊局面は、むしろアメリカの実体経済を映し出す「鏡」となり、金融主導型の経済がどれほど国民の生活にとって悪影響となるのか「見える化」するには、今が良い機会かもしれません。
私は「米国経済崩壊」は、アメリカ国民にとって「破滅」を意味するのではなく、少数エリートや超富裕層がその他大勢の大衆を支配する社会構造の変化に繋がると考えており、逆に「解放」へ向かうような気がします。
社会や「国家」を形成するには、一部の特権階級だけで成り立つものではありません。
その他大勢の国民が様々な労働に従事し、多様な生活様式を持つからこそ、経済は循環し国家は繁栄していくのです。
これを一律に「貧民化」させて、エリート支配の構造を強化すれば既得権者にとっては「恒久的繁栄」と感じられるでしょうが、どんどん国家は実質的に痩せ細っていき、富裕層も連れ立って弱体化していくところまでは想像できないようです。
「大衆はどうせ刈り取っても、また無限に生えてくるだろう」程度の考えが彼らにあったとしても、こうした体質の国家が繁栄し永続するはずがありません。
だからこそ、アメリカ国民のためを思えば経済構造が変わることは「福音」ですらあると思います。
それだけでなく、大企業やロビイストの献金額で方向づけられる議会政治が改まるとすれば、それこそ正真正銘の「自由の国」になれるかもしれません。
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さて、前置きが長くなりすぎて恐縮なのですが、現在の経済にとって危機的な局面は、単刀直入に言ってしまえば「大峠」のシナリオの一部です。
私のブログを長らくお読みになられた方は、私が「浄財」という話をし始めた時に何が起こるかも凡そ見当がついたのではないでしょうか。
そして、それが今「具現化」しつつあることが全てを物語っています。
日月神示に「西に戦争し尽くし(天つ巻・第二十一帖)」とあり、奇しくもロシアとウクライナの戦争もイスラエルとヒズボラ、ガザへの侵略とイランと米国を巻き込む戦争も未だ終息する気配はありません。
そして、おそらく戦費が捻出できないほど消耗しきるレベルまで、騒然とした状況が続くことになるのではないでしょうか。
神示には「国毎(ごと)に神世とひらき」と続くことから、2029年にはこれらの戦争に一区切りついているのかもしれません。
冒頭の解説で「時価総額が蒸発している」という表現をしていますが、これを「浄財」の一環と考えると、国家が発行した貨幣が人の手を離れて「数量」としての意味に変わった時、人と人を繋げて商品のやり取りをする「お金」としての貨幣とは、全く異質の存在となっているように思えます。
人の手を離れて「マネー」となった「お金」は、投資の世界に見られるような「ギャンブル」の一部となり、人々の生活と乖離した金融の世界を確立させています。
この仕組みが一握りの特権階級を生み出しているのだとしたら、この不健全な金の流れは「浄化」されて然るべきです。
神々が次の文明を造る上で、現在の膠着した社会構造を再強化していると言っても過言ではないこの仕組みは、やはりどこかの時点で改まる必要があります。
例えば、山の水源から流れ出た水は川となり、海に注いで蒸発し、雲となって雨となり、大地に再び還ります。
もし「お金」の流れも同じだとしたら、「蒸発」したお金は「無」になるのではなく、違う形に変わるのかもしれません。
「損失」が生じた部分は数字として残りますし、いずれ何かの形で補われます。
その代償は今目に見える形のものから支払われることになり、その埋め合わせにまた別のお金が使われます。
こうした循環の中で「浄財」が進むのならば、こうして「巡り」というのは回収されていくのかもしれません。
ここでお金にまつわる「悪いキ」が浄化されていくのだとしたら、私たちが「良い気」を大事にすることで「良い気」のお金を呼び寄せることに繋がるでしょう。
「霊主体従」の法則から、「霊(気)」の状態に応じた現象が起こり、また「因果応報」の法則から「良い種には良い花、悪い種には悪い花」が咲くのです。
私たちにできるのは、「良い気」を持つことで「良いお金の循環」に変えていくことだと思います。
神々が主導なさる「浄財」に「建て壊し」と「立て直し」の両面の性質があるとすれば、これから消えていく金は建て壊されるべき部分であり、私たちが「良い気」で生み出していくお金は「立て直し」の役割を持つのではないでしょうか。
しかし「生み出す」にしても、渋沢栄一さんが「無」から発生する訳ではありません。
世の浄財が進むまで、しばらくは「お金」に縁がない状態が続くかもしれません。
今「スタグフレーション」の危機にある我が国の経済状態を反映しているとも言えますが、大事なのは「良い気」の創出を意識することだと思います。
おそらく、これが後の「金運」となるのではないかと私は考えています。
もし、これから「新しいことを始めたい」または「世の中を良くしたい」と考えて行動なさろうと思っておられる方は、まず「対価」を求めずに始めてみてはどうでしょうか。
ネットやSNS全盛の時代にあって、すぐに収益にはならずとも「評価」や「反応」を先に意識してしまい、始めて数日しただけで動機が薄れる人が殆どかもしれません。
「何か見返りがないとやる気が出ない」と思っているうちは、自発的に本気で取り掛かる気持ちではない証拠です。
意外と自覚できない部分なのですが、「誰も見ていなくても、見返りがなかろうとやらなくては気が済まない」くらいの気持ちに「魂」が乗るのです。
ここを疎かにして、自分のモチベーションを何とかしようと思うから「三日坊主」になりやすいように思います。
何かを続けるには、この「見返りはなくても」という部分が大事です。
自分が子供の頃、先生に褒められたくてクレヨンでお絵描きしていたのでも、「歌が上手い」と言われたくてカラオケに行くわけでもないでしょう。
私たちにとって「義務」というのは後付けであり、自分から「やりたい」と思ってやることは「自由」の一部であり、情熱次第ではスタンスが変わるのです。
私も「招神万来」というブログは「壁打ち」のつもりでやって来ましたし、いくら人に読まれるようになっても、このスタンスを変えるつもりはありません。
招神万来は神様とのお約束で始めたものですし、例え誰の目につかなくてもやること自体に意味があったからです。
万が一でも、私の言葉がある人の心を変え、行動を変え世の中も変わるならと、その願いを込めて私は文章を書き続けています。
そこにあるのは「祈り」であり、「祈らずにはいられない」という私の心です。
もちろん、「何も反応がない」とか「人気がない」と腐ることがない訳ではありませんが、それでも「言わなくては気が済まない」ことが私の心にありすぎるからこそ、飽きもせずにやってこれたのです。
けれど、「蒔いた種は必ず芽を出す」のが因果応報であり、宇宙法則です。
私の「世の中が良い方向に向かって欲しい」という祈りは、いつか良い形で芽を出すと信じています。
おそらく、これからガラッと世の仕組みは変わっていくことになるでしょう。
世の流れが変わるなら、世の流れを変えるような行動も起こらなくてはなりません。
「建て壊し」が今まさに起きているのだとしたら、「立て直し」も同時に起こる必要があります。
もし、これから新しい何かをしたいと思っておられる方がいるなら、人の目は気にせず、とにかくなりふり構わずに「やらなくては気が済まない」ことをやってみてはどうでしょうか。
人はやはり、ああだこうだ言うものです。
けれど、時代を変えるために起こす行動だからこそ、古い時代の価値観で批判されたり揶揄されたりするのは仕方のないことです。
むしろ、その古い価値観を破壊するために新しい行動を起こすのですから、多少言われるのは付きものと考えるべきです。
その覚悟でやり始めたことは、おそらくそう簡単に曲がることはないはずです。
人の目を気にして不安になり、コロコロやり方を変えるから大抵のことがなし崩しになってしまうのも、ありがちなことです。
この「春」を機に、新しい何かに挑戦してみてはどうでしょうか。
私がこう言うのは、せっかく世界がぶっ壊れようとしている時に、壊れきるのを待っているのは勿体ないと思うからです。
神様がこうして世を変えようとなさっているのですから、便乗しない手はありません。
日月神示「黄金の巻・第三十九帖」に、天之日月神様はこう述べられます。
「人民の奉仕は神への奉仕、生活は奉仕から生まれる、世界は大きな田畑、それ蒔け、それ蒔け、種を蒔け」
「挑戦」に年齢は関係ないと思います。
今の自分に何ができて、何をするべきなのか、それは自らの人生を貫いてきたその人自身にしかわからず、その人にしかできないことなのですから。

