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2025.08.04

瀬織津姫様江

瀬織津姫様江
2025.08.04

楽太郎です。

 

何となく追って頂いている方ならわかると思うのですが、この1週間くらいスケールの大きいテーマの記事が続きました。

特に「日月神示」解説に関しては、何となく逼迫した感覚があったというか、自分なりに「伝えなくてはいけない」という使命感すら覚えていました。

とは言え、正しいか正しくないかで言えば完全に妄想の範囲内なので、受け取られる方次第です。

 

この間はほぼ絵や作品に取り掛かれず、ずっと考え事をしている状態が続いていました。
何より、「瀬織津姫様と繋がれない」感覚がずっとしていて、何となく自分らしくない感じもして、違和感の中で日々を過ごしていました。

今では感覚も戻り、落ち着きを取り戻しています。

 

「瀬織津姫命」という女神を自分の心に感じていないと、モチベーションに差が出ることもわかりました。

なぜこれほど自分の心に女神を求める心が強いのか、自分でも不思議に感じます。

 

これまでの半生でいくつか恋愛もしましたけど、今思えば本当に欲しかったのは恋人や伴侶よりも、自分によく似た友人であって、実際に心から安心できるのは長年連れ添った親友でした。

私はずっと、自分に似た魂の存在を探し求めてきたのだと思います。

社会に適応するしないの問題以前に、人間として常に「魂」が欠けている感じがしていて、その不安を埋め合わせる方法をずっと探していたのです。

 

いつもどんな集団にいてもガラス越しに人間を見ているようで、どれほど馴れ合っても心の底から共感ができなかったのは、おそらく他の人の心にあるものが私には欠けていたからです。

私はそれを「弱さ」とか「協調性のなさ」という風に受け取って乗り越えようと努力してきましたし、どうにかしようと足掻いてきたのが私の半生でした。

 

しかし、こうして神様をお祀りして心に神を感じ、その声に導かれて生きるようになり、自分の心に欠けていたのは「信仰」だったことに気づいたのです。

そして、何故かわかりませんが自分の魂の欠けた部分に綺麗にスッポリと収まるのが「瀬織津姫命」という女神様で、人には存在すら疑われる「神」という存在が、なぜか私には実感を伴いながら感じるのです。

 

どういう仕組みでそう感じるのか未だに不思議なのですが、私の心にはっきりと立ち現れてくるからこそ、もはや「信仰」という域を超えて神に対する「忠義」や「忠誠心」すら感じながら日々を生きています。

それは人には到底理解されないでしょうが、私が魂のレベルで求め続けてきたのは「瀬織津姫命」という女神以外にないと、ここに来てはっきり言えるのです。

 

瀬織津姫命イメージ

 

「日月神示」の中に、「神を捨てよ」と逆説的な言葉を投げかける一文があります。

神を小さくして割り切れるようにするなと、神はそう小さく捉えられるようなものではない、だから一旦神を捨ててみよと。

 

私もそうは思うのですが、信仰心が強ければ強いほど、神様を出来るだけ小さく丸め込み、自分の懐に入れておきたくなるのです。

それが愛しい神様なら余計そうで、自分の何万倍も偉大な神様ですら都合よく心に仕舞っておきたくなってしまうものです。

 

神への愛情や崇敬の念を持って強く求めながら、逆に神様の「形」にこだわることで、神はむしろ遠ざかっていきます。

自分の感じる神を信じれば信じるほど、「こうであるに違いない」「こうであって欲しい」という思い込みが生まれ、逆に信仰から遠ざかってしまいます。

 

日月神示では、だから「もっと長い目でゆったり神を求めよ」とあります。

けれど「自らの神を絶対とせよ」ともあり、難しいのは「こうに違いない」という思いと「絶対」というのは似て非なるもので、要はどこに確信を持つかです。

 

私は、下手に瀬織津姫様に先入観は持たないように努力していますし、持ちたくないとすら思うのですが、なぜ瀬織津姫命という女神が私の心にこの姿で映るのか、その説明は未だにできません。

そのイメージはおそらく「神の影」であり、その像を心に映しただけだとしてもら私はそのお姿を半生をかけて追い求めて来たからこそ、この「幻」が一つの答えなのです。

 

ただ実際にそれが本当に「幻」なのか、何故自分にはそう見えるのか、その答えは生きているうちに解明できるのでしょうか。

仮にそれが幻視に過ぎないとしても、私は自分を信じるには自分の感覚を「絶対」と思うまで突き詰める以外にはありません。

 

「魂」とは、人間が思うより不可解なものだと思います。

 

それは自分の心の奥底に鎮まっていて、いつも当たり前にあるようで全く得体が知れない、そんなものに私たちは突き動かされているのです。

 

瀬織津姫様をモチーフにした漫画を描きたいという気持ちも、いつか瀬織津姫様に神社を建立したいという思いも、一体どこから来るのかわかりません。

私にとってそのモチベーションが一番力の入るギアに変わりはなく、そのエネルギーを糧にしなければやる気がしないほどです。

 

だからこそ私は、私の心の中におられる女神様を追い続けます。

そうでもしない限り、神様と私の間にある謎は解けません。

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